TAMAJUN Journal

酒井浩之×玉乃淳 “どうしても見てほしい世界”

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覚えていらっしゃいますか?
ややもすれば、多少大げさに表現してしまった、あの死闘を。そう、サン・シーロで開催されたUEFAチャンピオンズリーグ決勝です。ご存知の通り、僕はアトレティコの勝利を祈っていましたが、ちょうどその頃、僕と同じように、レアル・マドリードの勝利を心の底から祈っていた日本人がいたんです。
今回のゲストは、その人、酒井浩之氏。レアル・マドリードに「就職」した経験の持ち主です。選手の欧州移籍が日常になりつつある昨今、チームの経営陣や裏方でも欧州移籍が実現されるのですね。
夢の舞台への挑戦のエピソード、ぜひご欄ください。スポーツが持つ素晴らしさ、人生の素晴らしさを堪能できるはずです。


自問自答を繰り返した20代

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玉乃 レアル・マドリード…。フロントスタッフの立場としてレアル・マドリードの現場を見てきた日本人は、ヒロ君だけだと思います(*編集部注/酒井氏はレアル・マドリード在籍中、日本市場向けSNS、公式HPの管理をはじめ、スポンサーシップ権、放映権等の販売・管理を担当)。 

酒井 そうです…ね。実際に、日本に伝わっているレアル・マドリードは真の姿の10分の1くらいだと思っています。なんというか…プロフェッショナル具合は、トップオブトップの選手ほど、やはり半端ではないですね。彼らの見えない努力というのは計り知れないものだと思います。  

玉乃 そもそもヒロ君って何者なんですか(笑)?  

酒井 少し自己紹介しますとね、日大卒業して、新卒で中堅の広告代理店に勤めたんです。サッカーは幼少からやっていて、実は大学時代、アディダス・ジャパンでインターンやりました。アディダスかっこいいなあ!という思いだけで。入社したかった。でも当時面接してくださったクリストフ・べズというフランス人の社長が、「お前、5億10億のおカネ、動かしたことあるか?」って聞くんです。要するに、「ココは人を育てるところじゃなくて、育った人が勝負するところ、ビジネスするところだからね。」という意図だったんです。「経験がないなら経験積んでから来い、その方が、双方にとって幸せだ。」というメッセージだと解釈しました。ハッとしました。仕事の目的は、カッコツケやキレイゴトでなくて、おカネ。それが実績であり、経験だと。実際アディダス社には他業界で経験を積まれている方がたくさんいらっしゃいました。そこで、「モノを売らなければおカネはつくれない、モノを売る仕組みを知るには・・・・・広告代理店だ。」と考えたんです。 

玉乃 で、広告代理店へ就職。 

酒井 入社してみると昔ながらの風習があるわけです。深夜1時や2時まで仕事して、そこから飲みに行き、時には朝方帰宅して、9時にまた出勤。インターンで経験したアディダスとは真逆の世界でした。非効率な仕事の進め方を批判して、先輩たちと衝突することもありました。でも、いつかアディダスへという思いで我慢を続け、その甲斐あってか、3年半が経過したときにアディダスからお声がかかったんです。 

DSCF8241玉乃 いよいよ、憧れのアディダスでのキャリアがスタートするわけですね。 

酒井 …1年でクビになりました。
リーマンショックという背景があるのですが、切られることを納得せざるをえませんでした。サッカーと一緒ですよ。チームに貢献できていない人から切られる。実利に繋がる動きが少なければ、戦力外リストの最初に名前があがるわけで、いま考えれば、「当たり前」のことです。 

玉乃 …。 

酒井 で、アディダスでのシューズ・ビジネスのキャリアを活かそうと、ゴルフ業界にチャレンジしました。競技こそ違えど、経験を活かせますから…外資系のメーカーに入社しまして…で、驚くほどの成果が出たわけです。それで、調子に乗ってしまいました。主張すべきことを主張しようと、見境なくどんな相手に対しても意見を述べました。というより自分の意見を押し付けたんでしょうね、いま振り返ると。ある朝、「明日から来ないでいいよ。」と言われました。 

玉乃 …。 

酒井 ただ捨てる神あれば拾う神ありで、実績を評価してくれていたアメリカ本社のボード・メンバーが、またゴルフ関連の企業を紹介してくれました。厚意に応えるべく頑張って、それなりに結果はだせたと思います。でもですね・・・。  

玉乃 え!まさか…。  

酒井 1年でクビです。またもや。  

玉乃 えええええ。
それ、外資系企業だからですか?だとして、なんでそんなに厳しい外資系企業ばかりを選ぶんですか!? 

酒井 外資系だからですかね…。ま、当時の僕は、空気が読めていなかったんだと思います。外資系の企業だと、思ったことを発言できますし、それにもとづいて行動もできますから、責任が大きい反面、やりがいを感じることも多いですよね。だから好んでそういう環境を選んでいたのですが、ただ、当時は言いたいことを言いたいだけ言い放って、空気を読まな過ぎた。  

玉乃 空気を読めず、外資系企業を転々(笑)…。 

DSCF8067酒井 当時32歳。半年くらい人生悩んで、国内最大手広告代理店の子会社に入社しました。そこで勤められていた知人が、3年の契約社員で、チャンスをくださったんです。「3年間与えてあげるから、今後の人生を良く考えなさい。」と手を差し伸べていただいきました。おカネもない状態でしたから、心底ありがたかったですよ。一方で、「3年経ったらサヨナラ」の可能性が高かったですからモチベーション維持も大変ですし、大好きなスポーツの仕事とも無縁な職場生活でしたし、日々、悶々と自問自答を繰り返していました。「雇用って何だろう?」、「雇われ人生って何だろう?」って。次第に、人に使われて捨てられるだけの人生はイヤだと考えるようになっていきました。 

そんなとき、社内で、宮本恒靖さん(*編集部注/2002年日韓ワールドカップでも活躍した元日本代表サッカー選手、現役引退後、元サッカー選手としては日本人初のFIFAマスターを修得したインテリジェンス溢れるサッカー人)の講演があったんですよ。「FIFAマスター」を卒業されたということが僕の頭に残りました。「これだ!」って、思いましたね。海外留学!、MBA!…って直感で…ところでMBAって何だ?…これまでモノ売ってなんぼの世界だけを見てきたわけですから、知らないわけです。「経営学修士」について調べ始めました。すると驚くような金額なわけです。学費がね。よく名を聞くようなアメリカの名門校は2年間で1500万円とか…無理ですよ。で、色々調べていると、ある先輩がレアル・マドリード大学院というのがあると教えてくれました。レアル・マドリードってあのレアル?…サッカーしたことある人なら知らない人はいない、あのレアル・マドリードにMBA取得のプログラムが…しかも他と比べると学費も比較的安く現実的…「よし!コレだ!」。早速、計画をノートに書き込みました。ドリーム・ノートって呼んでいるんですけれど(笑)。