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下田恒幸×玉乃淳 “声に想いを乗せて”

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フリーアナウンサーの世界

玉乃 アナウンサーの方が独立するとき、もうタレント並みか、それ以上の存在になっているイメージです。フリーで仕事がくるってすごいことですよね? 

下田  僕はそんな華やかなイメージのフリーへの転身じゃないですよ。別に誘われて東京に出てきた訳ではないから。 

じゃあ、なぜフリーになったかというと、「まだまだ自分に伸びシロがたくさんあるな」って思ったから。入社15年目に古巣がJスポーツさんの下請けでJ2中継を制作したんだけれど、そこで年に十数試合サッカー実況出来たわけ。実は、ローカル局って年に1回くらいしかサッカー中継が出来ないのが現実なの、色々な事情で。で、年に十数回やってみると、見えるものや分かるものが増えてきて、なんかこう積み重ねて続けることで凄く成長できるって感覚が持てたのね。15年間、実況の仕事を積んできたけれど、自分の実況って、まだまだ全然伸びる余地があるんじゃんと。ただ、翌年、様々な社内事情があって、その下請けの仕事を局が断っちゃったわけ。そうなると、マイクに向き合ってサッカー実況する機会が大幅に減ってしまうでしょ。つまり、自分が成長していく場もなくなるってことだなって思ったの。 

もちろんフリーになるのは、もの凄くリスクあるのは百も承知。ローカル局だったけれど安定して非常にいい給料を貰っていたし。でも、せっかくアナウンサーになれた訳だし、実況者としての自分にはそれなりの手応えはあったし、人生1回しかないんだから、だったら自分の実況者としての可能性をとことん突き詰めたほうが人生悔いはないかなと。そんな思いが湧いてきたんでフリーになるという選択をしたわけです。 

おかげで今でもいつでも新人と一緒です。プロデューサーが変わりました、という理由で、明日にでも仕事がゼロになる可能性だってあるし、放映権元が変わったり、キャスティング側が変わったりすれば、価値観も変わるから、いつでもゼロになってしまう立場。だからいつになっても実績なんか無いに等しいと思います、フリーの場合は。局にいれば仕事が少なくなっても、異動になっても給料は必ず貰えます。だけどフリーはいつも背水の陣です。 

もしアナウンサーになりたいと思っている方がいらっしゃったら、一度は放送局に入るべき。ディレクターや技術の人たちがどう大変とか、理解すること大切ですからね。制作スタッフ全員で一つの番組を作っているわけで、そういうことを勉強する意味でも局に入ることはマストだと思います。しかも、できれば、最低でも10年くらいは局で仕事を続けた方がいい。番組作りやスポーツ中継の全体像を把握するために、そのくらい、時間がかかるんじゃないかなぁと。4、5年では足りない気はします。 

年間200試合前後の中継を担当

玉乃 石の上にも10年なんですね、アナウンサーの世界は。 

ちなみに現在は年間何試合ぐらいの試合を担当されているのでしょうか? 

下田 トータルで200試合前後担当させてもらっていますかね。大変そうに思われるかもしれませんが、常に中継をしている方が、より精度は上がっていきます。ただ、自分の時間はとにかくないですね。家でひたすら試合を見ていますので。自分の小さな書斎にこもって。時に玉乃くんに突っ込みいれつつ。「何じゃ、そりゃちょっと無責任だろうよ。」とか。「お!今のは中々面白い」とか…(笑)。 

一同 爆笑 

玉乃 そんなにこもっていて、家庭は大丈夫ですか? 

下田 睡眠時間も1日5時間程度の状況ですし、なかなか大丈夫ではないとは思います(笑)。 

玉乃 そんな多忙を極めている中、僕との中継…。なんか申し訳ない気持ちになってきました。急に慌てて褒め讃えるわけではないのですが、

下田 さんの中継の冒頭でのポエム?ありがたいお言葉?…あれがいつも楽しみで大好きです。 

「伝えたい想い」

下田 あ、それは「イントロ」の事だね。他の局は知らないけど自分の周辺は「イントロ」って言い方をしています。今は、「イントロ」で毎回、何か謳っている訳ではないけれど、若い頃は中継の数自体が少ないので前の日にしっかり考えて臨んでいたよね。若い頃って、カッコつけたいでしょ(笑)。今は、放送の10~15分前に殴り書きする程度。ただ、「伝えたい想い」が明確にあることがある時、例えばワールドカップで代表が惨敗した直後のJの中継とか。そういう時は、ある程度、準備して練って考えますし、そういう時はだいたい長い謳い文句になるので、「長くなるけど大丈夫?」と放送直前にプロデューサーに確認する事もあります。Jスポーツで言うと、ツッチー(土屋プロデューサー)に最終確認して放送に臨んだり。ただ、練って作ったけれど自分の中で「これ、やりすぎ」って感じた時は放送の直前に準備したものを全部捨てて、至って普通の「イントロ」で入る事もあります。

玉乃 そうだったんですね。次の試合も一層楽しみになってきました。どんなイントロが聞けるのか。 

ところで、下田さんはアナウンサーとして70歳、80歳まで続けられる予定ですか? 

下田 できるわけない(笑)。引退があります、実況の世界は。実況アナってアスリートと同じ類の職種だから。「実況は目で見て、脳を通してから喋っていたら間に合わない。目で見て、そのまま言葉にする瞬発力が必要。良い実況アナになる素材かどうかは目と口が繋がってる瞬発力があるかどうか次第。」って実況アナの上司から言われた事があったけど、ホントその通り。目で見たものがそのまま口に出てこないようだと実況としては成立しないよね。この部分はいずれ年齢的に衰えてきます。だから引退はあるのですよ。 

僕ももうすぐ50ですから、これからは衰えと向き合う事になるんだな、否が応にも。そこはサッカー選手と同じなんじゃないかな。フリーの実況アナなんて、衰えた後の保証も、辞めた後の保証も、なんもない厳しい世界。なので、日常をコツコツ積み重ねて、その日暮らしで一生懸命生きていくしかない、せつないもんですよ。


 少年の日に異国の地で見つけた「夢」を40年経ったいまも変わらぬ愛情で追いかけ続けている下田氏。普段、横並びで実況解説をしている氏との向き合った対談は、少しはずかしさもありましたが、いつもと変わらぬ声で語られたご自身の歴史を聞き、あの実況が醸しだすビッグマッチ感の理由を理解しました。さまざまなジャンルのスポーツに触れあい、仕事を通じて目を養い学び続けた局アナ時代も含め、その言葉を借りれば、日常の積み重ねの結晶が、あの「声」となり僕らの耳に届いていたのです。絶妙なイントロから始まるその声がスパイスとなって味つけされた実況中継が今日も楽しみです。

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下田恒幸(しもだ・つねゆき)プロフィール

父親の仕事の都合で、幼少期をブラジルで過ごし、「実況」の世界と出会う。帰国後は慶應義塾大学経済学部を卒業後、1990年に仙台放送へ入社。音楽番組やスポーツ中継を多く担当し、2005年仙台放送を退社しフリーアナウンサーに転身。現在はCS放送中心に活動中のサッカー中継のエキスパート。10、11、15年ヨーロッパリーグ決勝、12、16年チャンピオンズリーグ決勝の現地実況を担当。歴史的な「ミラノダービー日本人対決」も現地サンシーロの放送席から実況した。10年ワールドカップの日本対カメルーン戦での「イントロ」は密かに評価が高い。また、モータースポーツ実況も定評があり、多くのファンから高く支持されている。