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金澤大将×玉乃淳 “校長を務めています”

taidan
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「校長は元Jリーガー」

今から2年前のある日、驚くようなニュースを目にした僕は、ワールドカップブラジル大会取材の疲れも癒えないままに、この校長先生を取材しに足を運びました。「プロサッカー選手が校長先生に!? 」どのような歩みでそうなるのだろうか?しかも僕と同い年の彼が?そもそも校長先生ってどんな職業だろう?疑問だけが頭に渦巻き、話題の人物、金澤大将氏にお会いすることに。

そこには、聖職者の世界で自らを「若造」と認め、自問自答しながら、生徒ひとりひとりと向き合う夢追い人の姿がありました。

サッカーを続けてきた経験は決して無駄ではないはず 

いかに正面から向き合い、

手助けができるか、

毎日、悩んでいました。

 

玉乃 あらためて、伺います。大将(タイショウ=ニックネーム)くんのいまのご職業を教えてください。

金澤 はい。静岡県菊川市にある菊川南陵高等学校で校長を務めています。

玉乃 もちろんそれを知っていて、あらためて伺ったのですが…校長先生…って。

金澤 たしかに、混乱されるのも無理はないですよね(笑)。

玉乃 いきなりなれる職業とも思えません。ですから順を追って質問いたしますね。
まず、現役を引退されたのが2011年でしたよね?

金澤 現役時代は、いつか日本代表になりたいと漠然と思いながら、サッカーを続けていましたけれど、年々、現実味がなくなっていくのを自分でも感じていました。それで、現在はJ3に所属しているSC相模原で引退を決意しました。戦力外通告を受けたという理由もあるのですが、ちょうど子どもが生まれた年で、家族を養っていくためにも、このままサッカー選手を続けるよりは次のステップに進んで一からチャレンジした方がよいのでは、と考えました。セカンドキャリアを築いていくうえで、当然、新たな多くの苦労をしていくわけですから、エネルギーがある若いうちに次のステップに進んだ方がよいと思っての引退決意でした。

玉乃 引退時、引退後の明確なビジョンは持っていたのですか?

金澤 それまでサッカーしかやってこなかったので、サッカーに携わる仕事かなとは考えていました。他の分野に進む選択肢もありましたが、ここまでサッカーを続けてきた経験は決して無駄ではないはずだし、それを伝えたかったのです。それで、Jクラブの下部組織の指導者など、いろいろと模索しているときに、ずっとお世話になっている先輩から声をかけていただきました。「菊川南陵高校でサッカー部を立ち上げてほしい。」と。

玉乃 なるほど。先輩の紹介でこの学校にめぐりあったのですね。それで、まずはサッカー部の監督に就任されたわけですね?

金澤 私は静岡県出身なので、なんらかの縁は感じていました。サッカー部を立ち上げるというミッションでしたが、部活動以外でも生徒たちと関われたほうがコミュニケーションも取れて信頼関係も築きやすいですから、大学時代に教員免許を取得していたこともあって、保健体育の先生として教壇に立ちながらサッカー部の監督を引き受けることにしました。

玉乃 いきなり教員ですか!?それはそれでまた驚きですね。「聖職者」とも言われる立場になられて、どんな感じでしたか?

金澤 他の学校と比べても生徒数は少ないですが、様々な悩みを抱えている子は多くて、正直、大変な部分はありました。まずはしっかりコミュニケーションを取らないといけないのですが、上手くいかないケースもありましたね。そういう子どもたちといかに正面から向き合って、どうやって彼ら彼女たちの成長や自律の手助けができるかを毎日考え、悩んでいましたね。それこそ常に全力で、もうガムシャラでした(笑)。そうこうしているうちに、学年主任を任されるようになったんです。

玉乃 スピード出世!?

金澤 「出世」という言い方が、はたして適切かどうかは分かりませんが、任されたからには、私も覚悟を決めてこれまで以上に責任感を強くもち取り組みました。たしかにそのポストにつくまでのスピード感はありましたし、そこにいたるまでにもう少し段階や過程を経るべきかな、とは思いましたが、任さていただいたので、それに応えることにしたのです。