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大野俊三×玉乃淳 “自問自答を繰り返して今がある”

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今のJリーガーとは覚悟が違う

屋根や壁の工事、

プレハブの解体…。

なんでもやったよ。

 

玉乃 結局、飲食店はどれぐらい続けられたのですか?

大野 4年かな。最後は辞めざるを得ない状況になってしまって。広告代理店もやっていたから、なかなかお店に出られなくて、試合当日もお客さんはたくさん来てくれるけれど、僕は試合会場でいろいろと手伝いをしているから、お店に顔を出せるのは、試合が終わってしばらく経ってからになってしまう。そうなると、もうお客さんも帰ってしまうよね。店名に僕の名前が入っているのに、当の本人がいない…それはやっぱりお客さまをガッカリさせてしまったと思っている。

玉乃 客足は遠のいてしまいますよね?

大野 立地条件などの見通しも甘かった。いわゆる飲み屋街からは少し離れたところで開店したけれど、それも良くなかった。いずれにしても、もっと同業者の方たちに話を聞くなどして準備するべきだった…リサーチ不足だよ。飲食店って、スポーツ選手は始めやすいじゃない?簡単なイメージがあるから…でもその実かなり難しいよね。味だったり、雰囲気だったり、どういうビジョンで店のキャラクターを作っていくかとか。そのへんをしっかり練らないとダメだよね。

玉乃 確かに。元スポーツ選手のお店、結構ありますけれど、苦労も多いと聞きます。

大野 悩んだのが、「ありがとうございました。」とか「またよろしくお願いします。」とか、頭を下げなければならないこと。現役時代は、なんだかんだで、やはり周りからもてはやされるわけだよね。それが完全に逆になるわけだから、正直、抵抗はあったよ。サポーターは、頭を下げる僕に「大野さんらしくないよ!」とか「そんな弱っちい大野さん、見たくない!」とか言ってくるし。正直、1年ぐらいは、頭を下げることについて、「これでいいのか。」と自問自答の毎日だった。でも、立場が逆になったことで、これまではみんなに支えられていたんだと初めて気付いて、すごく恥ずかしくもなった。もちろん、今ではもう、全然気にならないんだけれどね。

玉乃 なるほど。では、お店を辞められてからは、広告代理店のみで?

大野 いや、同じタイミングでそっちも辞めた。一度、すべてを白紙に戻そうと思って。

玉乃 えっ!?ということは、収入源なし?

大野 そうだね。

玉乃 でも、いくらか蓄えがあったのですよね?

大野 ないよ。すべてお店のことで使い切ってしまったから。

玉乃 本当ですか?不安はなかったのですか?

大野 そりゃあ、不安だったよ。でも、ここでも周りの人に救われたんだ。地元の個人事業主が名を連ねる僕の私設後援会があるんだけれど、その中の一人の方が板金屋を経営されていて、「やることがないんだったら、うちで働けば?」と声をかけてくれたんだ。

玉乃 今度は、ガテン系!?

大野 屋根や壁の工事、プレハブの解体、波板の張り替え…。僕にできることならなんでもやったよ。

玉乃 そういうお仕事って、すぐにできるものなのですか? かなり高度な技術が必要な感じがしますけど。

大野 ほら、僕はアントラーズの前は、住金でサラリーマンをやっていたでしょ。そのときの経験があるわけ。機械修理はもちろん、ガス溶接やアーク溶接とか、一通りはこなせるんだよ。でっかいクレーンのタイヤのベアリングをはめ変えたりもしていたよ。

玉乃 すごい…たくましすぎます。

大野 だから、たしかにさっき「不安」と言ったけれど、不安な一方でなんとか食いつなぐ自信はあったんだよね。

玉乃 それは、いまのJリーガーにはない強みですよね。

大野 僕らの世代のJリーガーは、ほとんどそう。企業にいた人は、技術職にせよ、事務職にせよ、なにかしら社会人としての経験があるし、それは確かに強みだと思う。僕らはサラリーマンをやめてプロサッカー選手になっているからね。いつか現役を引退するのはもちろん分かっているし、「サッカー選手引退後はなんでもやってやる」という心構えでサラリーマンをやめているんだよね。

玉乃 なるほど、社会人をやめてプロの選手になっているのですね…確かに覚悟の種類が違いますね。それで、板金屋から現職へは、どのような経緯ですか?

大野 板金屋で働かせてもらいながら、解説業やサッカー教室の仕事もやっていてね。ちょうど1年ぐらい経った頃、この鹿島ハイツスポーツプラザのオーナーから声をかけてもらったんだ。オーナーはこの施設を合宿所として大きく展開したかったようで、それでチーム招致や合宿所の運営といった部分を誰にやらせるかという話になった。で、オーナーの相談役がたまたま僕のことを知っていて、それで推薦してもらい、最初は営業職としてスタートしたんだ。

玉乃 いわゆるコーディネーター的な仕事ですね。

大野 自分のできる範囲でなんとか頑張ろうと思ってね。その間、ラジオのDJもやっていたんだよ。

玉乃 なんでもアリですね?!

大野 ははは。2時間半の生番組。よくある情報番組だね。

玉乃 それで、支配人にはどうやってなられたのですか?

大野 支配人の入れ替わりが多かったりして、ある日オーナーから「君が支配人をやればいい」と打診を受けたんだ。それから今年で9年目になるかな。支配人業なんて右も左も分からなかったけど、自分なりにいろいろと勉強して、オーナーにも相談に乗ってもらいながら、今がある感じだね。

玉乃 これだけ広い施設のトップというポストですから、責任のある仕事で、やりがいもあるのでは?

大野 やりがいはあるよね。オーナーは別にして、この施設における業務執行の最終的な決定権は僕にある。つまり、すべての責任は自分にあるし、各部門への指示の仕方ひとつで、施設自体が良くも悪くもなる。笑顔やサービスは大前提として、各自で最大限のことをやってほしいと思っている。備品が足りなければ足しておくのは当然。効率良く作業するための準備を怠らない。汚れていたり破損したりしていれば、清掃したり修理を依頼したりする。すべてはお客さまに喜んでいただけるように、満足していただけるように、環境の整備というか、全体がスムーズに動くようにするのが、支配人の役目かな。

玉乃 お伺いしていて、「お客さま」を「サポーター」に置き換えると、まるでサッカーチームの監督のようなお仕事ですね、支配人は。

大野 本当にそう。監督業と通じるものがあると思っている。僕が常々、言っているのは、「僕たちはチームなんだ。そしてプロなんだ。プロである以上、最大限の努力をしなければならない。」ということ。そして、社員全員が、この鹿島ハイツスポーツプラザという船に乗りこんだ以上、誰にも降りてもらいたくない。みんなでひとつになって、目標に向かって走り続けたいんだ。