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永里優季×玉乃淳 “より困難な道を選んでいきたい”

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勝ってしまったから、勝たなければいけない 

玉乃 あのワールドカップの優勝フィーバーがなければ、未だにテレビの露出もほとんどない状況だったかもしれないと思うのですが。なんと言ってもワールドカップ優勝ですから。何が起こっていきなりそうなったのでしょうか?優勝って当たり前ながらマグレでは出来るものではないと思いますので。

IMG_0526 のコピー永里 私が思うに、その時、東日本大震災があって、やっぱり「日本のために」っていう思いが強くて、「勝とう!」ではなくて、「絶対に負けない!」っていう精神が凄い強く働きました。

玉乃 優勝後もその強さはキープされていますよね。急に大会前の感じに戻ってしまうってことは無かったですから。あの大会で急にチームとして覚醒したようなイメージを持っています。

永里 一度勝ってしまったので、自分達もそれなりのプレッシャーや責任感は大会前より格段に持つようになりましたし、それによって自分達もレベルアップして絶対に勝たなくてはいけないっていう意識が、前よりも上がったからそこまで大敗するっていうようなことがなくなったのかなっていうのは感じます。そこから海外にチャレンジする選手も増えていきましたし。

玉乃 大会前から海外にいたのは永里さんと安藤選手でしたね。それはどういったキッカケで行ったのでしょうか? まだ日本の女子サッカーが世界から注目される前だったのにも関わらず。

永里 私の場合は、北京オリンピックが終わってから、このまま国内リーグでやっていてもこれ以上自分自身成長できないのではないかと危機感がありまして。で、ヨーロッパに行きたいってなった時に、ドイツがリーグとして安定しているし、レベルも高かったので、自分で自分自身のプレーを編集して、いくつかチームに送って、興味を持ってくれたところに練習参加して、契約したという感じです。それまで日本のサッカーは、そこまで強くなかったですので、自分で切り開くしかなかったんです。

玉乃 坂本龍子じゃないですか!

永里 これは…笑っていいんですか?

会場一同 はははははは。

玉乃 なんですか、そのバイタリティは? 

IMG_0471 のコピー永里 とにかく行きたかったんですよ、海外に。北京オリンピック準決勝でアメリカに負けて、三位決定戦でドイツに負けたんです。そのとき日本は初めて世界大会で上位に食い込むところまでいったのですが、アメリカとドイツに違いを感じたんですね。それは日本の国内リーグでは感じられなかったことなので、これは海外に行くしかない!と思ったんです。

玉乃  アメリカとドイツはほとんど全員がプロ契約なんですよね?

永里 はい。ドイツは25万人に対し、日本は4万人ぐらいですかね、女子のサッカー人口は。ドイツのブンデスリーガで上位対決になると5、6千人は普通に入りますし、平均して2、3千人は必ず入ります。歴史が長いですからね。

 

玉乃 日本は急にその「歴史」が縮まった「ふう」の状態だったのですかね?

永里 優勝は注目されるいいキッカケになりましたし、それによって女子サッカー選手を目指したいという子供も増えたと思いますし、本当に大きな出来事でした。一方で優勝したとはいえ、まだまだ環境が整っているわけではありませんから、これからも一歩一歩成長していかなければなりません。