TAMAJUN Journal

永里優季×玉乃淳 “より困難な道を選んでいきたい”

IMG_0792
Tweet about this on Twitter0Share on Facebook200

「海外組」という言葉が、サッカー界で頻繁に使われるようになって久しいですが、自ら戦う環境を求めて海を渡る姿は、「国を代表する」という自負に満ち溢れたものでした。世界一を経験した人物ならではの力強い言葉と放つオーラに圧倒された、スペシャル対談。

 今回は、ご存知「なでしこジャパン」のエース、永里優季選手。もはや自分だけの人生ではないと言い切る先駆者から、歴史上の人物と重なるものすら感じたのでした。

IMG_0497

玉乃 今日は宜しくお願いします。これまで、あまり直接関わることはなかったですけれど、小さい頃からヴェルディで、同じグランドで育った者同士、今日は最高に楽しみにしておりました。

永里 宜しくお願いします。

玉乃 今ちょうどオフシーズンで、普段はドイツ在住ですよね。冷静に考えたら凄いことですよね、フランクフルトに住んでいるって。

永里 何が凄いかはよくわからないですけれど、海外が今は好きなので、向こうでずっとチャレンジしていたいという気持ちはあります。

玉乃 こんなに急激に女子サッカーが盛り上がったのって2011年のドイツでのワールドカップ優勝ですよね? 僕はその時にカナダに住んでいましたが、向こうでも凄い盛り上がりでした。当然に日本では爆発的ななでしこブームになっていたみたいで。

永里 自分達が変わったというより、周りが劇的に変わったっていうだけで、環境自体に大きな変化はないです。ただ周りの期待度や注目度は、明らかに優勝してから変わりましたよね。

玉乃 優勝する前のなでしこリーグもプロとしての活動だったのでしょうか?

永里 プロ選手っていうのは各チームに3、4人でした。その他はプロではなかったです。今は外国籍の選手もおり、スポンサードしてくれる企業さんも増えていますので、サッカーに集中できる環境に少しずつですが近づいていると思います。