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金子達仁×玉乃淳 “誰もやっていないことを最初にやる”

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誰もやっていないことを最初にやる

k10金子 会社員を辞めた途端すぐに仕事が舞い込んできて、「これは俺の時代」と思ったけれど、結局フリーになって初年度の年収は90万円。でも心のどこかでは、まぁ90万円でもいいや感はあった。サッカー界におけるスペイン語の重要性を悟り、2002年に日本でワールカップがあることも決まっていたから、スペイン語の通訳になろう、なればなんとかなるという思いもあったしね。95年にスペインに行って、本当は5年10年いるつもりだった。ところが、翌年(1996年)はアトランタオリンピックじゃない。俺、サッカーダイジェスト時代、高校サッカー担当していたから、アトランタのメンバーはみんな見ていた子で、仲の良い選手も結構いたし、川口能活なんかは中学の頃から見ているし、みんなよく話をしてくれたよね。しかもスペインに行っているなんていうフリーのライターは、当時他にはいなかったから、監督を含めて本当によく話をしてくれた。

で、書いたらベストセラーになっちゃって人生変わっちゃった。

一同 おおおお。

金子 初めて「28年目のハーフタイム」って本が出るときに、新宿南口の高島屋の本屋さんで、4時間ぐらい「買ってくんねーかなー、買ってくんねーかなー、買ってくんねーかなー」って、ずっと見ていたのをおぼえているわぁ。31歳のとき。

IMG_4115玉乃 これまでの人生を振り返って、金子さんにとって31歳がピークといえますか?

金子 ライターとしては、もうそこがピークだよね。

玉乃 そのとき、ものすごい大金が入ってきたと思うのですが、次のモチベーションはなんだったのでしょうか? 

金子 宝くじが当たったとしか思わなかったけれど。そのあと、いろんな仕事をじゃんじゃんいただけて。サッカーどころか、音楽雑誌から吉原のソープ嬢を片っ端からインタビューしませんか、とか。それが好評だったので、月刊プレイボーイという雑誌で女優さんの連載企画も始まり、同時にしゃべる仕事も入ってきて…。

玉乃 スペインが金子さんに幸運をもたらしたといえますかね?

金子 もちろん。中田英寿が俺に連絡をしてきた理由は、俺がスペインに住んでいるライターだったから。「ヨーロッパのことについてこの人に連絡すれば分かるのでは」っていう興味から連絡してきたよね。日本に一時帰国する際は、ベルマーレの試合を全部観に来てくれ、自分の何が良くて何が悪いかを評価してくれと言ってきた。俺がスペインに住んでいたライターだからという、ただそれだけの理由で。当時、フリーのライターが海外にいるなんてことはなかったから。

玉乃 金子さんは実力で宝くじを当てられました。逆に言えば宝くじが当たらなければライターという職業は年収90万円か、それ以下もあり得るわけですよね。

大好きなサッカーと、それを伝える書き手となる夢を持つ先に、幸せは待っているものなのでしょうか?僕も雑誌で連載を持っていましたからわかりますが、なかなかそれだけでは稼げないのが現実ですよね?

k8金子 ひとつは「コネ」。もちろんその後は実力が必要になってくるけれどね。だからコミュニケーション能力。作家ではなくノンフィクションライターを目指すのであれば、コミュニケーション能力が優先順位の1番だと俺は思う。

玉乃 金子さんご本人の中では努力と思っていない部分、僕らからしたら超人的なことをやっているはずですよ、絶対に。

金子 いやいやいや、そんなことは全然ない。それこそ1日24時間のうち、18時間ぐらいドラクエをやっていた時期もあるし、スペインで。

玉乃 なにをやっているんですか、逆に。通訳になる夢は、どこに行っちゃったんですか?

金子 ねぇ。

玉乃・金子 ははははははは。

金子 俺、なんか「話盛っている」っていうくらい、ツイているんだよね。

玉乃 金子さんは常にポジティブですよね。ライターではなく、詐欺師になった方がもっと大きな宝くじを当てられたんじゃないかっていうぐらい、夢を語る天才ですよね。

金子 これまで成功者の方にインタビューをさせていただいて、そこで得た結論でもあるのね。「俺、ツイていない。」って思っている成功者は一人もいなかったよ。あとは、誰もやっていないことを最初にやる。これじゃない!?


 話はつきませんでした。紙面の関係で割愛しましたが、対談は、笑いあり、感動ありで、あっという間の数時間。金子氏は自身のターニングポイントを「宝くじ」と表現されていましたが、「宝くじは買わなければ当たらないのだ」と、氏のリスクを顧みない行動力と行動原理に妙に納得させられるのでした。

少年のような目で語る、自らの歴史やサッカーへの思い、そして「夢」に、いつしか現場にいた者すべてが引きこまれていました。彼が語る夢の続きを見てみたいのは、僕だけではないはずです。

金子達仁(かねこ・たつひと)プロフィール

法政大学を卒業後『サッカーダイジェスト』の編集者などを経て1995年にフリーに転身。ノンフィクションスポーツライターとして、日本での第一人者。
現在は、「やらなかったことを、やれなかったことを、やろうとさえ思わなかったことを、やってみる」をモットーに、世界初、日本発のスパイク専門サイトを開設。

http://king-gear.com