TAMAJUN Journal

前田有紀×たまじゅん部 “ヒントは好きなことの中にある”

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今回は、「フラワーアーティスト」として活躍される前田有紀さんとの対談です。

以前、彼女にお祝いのお花をつくっていただいたことがありますが、そのときの衝撃は忘れられません。生花一本一本にあらためて命をふきこみ、彼女の姿が投影されたフラワーアレンジに圧倒されたのです。命ある花は、お祝いやお悔やみなど、まさにその「とき」を飾ったり、華やかにするものです。
アナウンサーから転身し、新たな道に歩みだした彼女のキャリアは、彼女自身の「とき」の充実ぶりを一本一本の花たちが雄弁に語ってくれています。そんな前田さんのお話は、僕たちがいるサッカー界、スポーツ界にも勇気を与えてくれるのでした。

玉乃淳


S__7372811たまじゅん部第1回の企画となる今回は、フラワーアーティストの前田有紀さんに、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(以下「SFC」。)アナウンス局代表の舛田桃香、副代表のクロル舞がインタビューいたしました。

前田さんも同じ慶應SFC出身ということから、あまり知られていない大学時代のことにも話題はおよびました。サッカーとの関わり、そして現在のフラワーアーティストの仕事への思いなど、たくさんの貴重なお話を伺うことができました。

 

 

 

 

新しさを求めた大学時代

クロル:大学では、どのようなことを学んでいたのですか?

前田:まず私はスポーツがすごく好きで、大学ではラクロス部に入っていたんです。なのでその練習が大学生活中心でしたね。SFCでの思い出というとインドネシア語でしょうか。今もインドネシア語の授業ってありますか?

舛田:はい、あります!

前田:あーよかった(笑)。周りのみんなが英語とか中国語とか、ビジネスに使える言語を専攻する中で、始めはインドネシア語というのがすこしマイナーなものに感じていたんです。でも一度先生にお会いしてみたら、インドネシア語の音の響きがすごく好きになってしまって、それでずっと専攻していましたね。

舛田:いま、(インドネシア語で)自己紹介は出来たりしますか?(笑)

IMG_2149前田:いや、今は忘れちゃったんですけれど(笑)、当時はインドネシア語を勉強したくて、アルバイトもインドネシア料理屋さんでしていました。従業員の方がインドネシアの方で、一緒に話す中で勉強しながら働いていたりなんかして。だから食べ物の名前はすごくよく覚えているんです、ナシゴレンとか、アヤムゴレンとか。インドネシア語って覚えるのがすごく簡単なようにできているんですね。というのもインドネシアはほんとにたくさんの島からなっていて、いろんな言語を使う人達がいるから、その共通語のインドネシア語はわかりやすくしようというのがテーマだったみたいです。日本人の私にもすごく覚えやすくて、食べ物の話とかしながらどんどん覚えていきましたね。

クロル:ラクロス部に入ったのは、もともとラクロスには興味があったからですか?

前田:もともと新しいことをするのがすごく好きで、スポーツ全般も好きだったので、大学も新しい学校に行きたかったし、ラクロスも大学から始める人がたくさんいるんです。そういった点で新しいチャレンジっていう感じがすごくしたのでラクロス部に入りました。