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薮崎真哉×玉乃淳 “戦力外からの逆襲”

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玉乃 まだまだ続く壮絶なこれまでの経験のおかげなのでしょうか。

初めての就職を経て、その後独立されて事業もうまくいっていたものの最終的には遊びに走ってしまい経営がうまくいかなくなった経験をされた、という記事を読みましたが。

薮崎 はい。再就職後、営業職で8か月間勤務していたのですけれど、僕の人生でこの8か月間ほど頑張ったことは過去にも今にもないです。それで独立したら、2か月目ぐらいから結構うまくいくわけですよ。会社のお金ですが、1000万、数千万と口座に入ってきて、六本木で飲むようになり、初めてそれなりのお金を使えるようになって、調子乗っちゃったみたいな感じでした。まあ滅茶苦茶でした。

玉乃 それでその会社を閉じて、また復活劇を見せるわけじゃないですか。しかも業態も変わって。何がどうなったらそのような方向転換ができるのか。よくラッキーとかご縁のおかげと表現される経営者さんも多いと思いますけれど、振り返って何が新たなターニングポイントになったのでしょうか?

薮崎 諦めが悪いのですよね。

営業マンを経て独立したっていう経験があったので、サッカー選手を引退したときよりは強くなっていましたから。営業力はあったので何でも売れるだろうって思っていました。それでも、独立した当初は毎日飯食いながら泣いていましたけれどね。

茅場町の4畳半のレンタルオフィスで、またゼロから。そのときは特に明確なプランがあったわけではないですが…。

玉乃 そんなのありですか(笑)。何がやるか決まってない中でオフィスまで構えて。もうやるしかないだろう的な。なんでもいいからっていう。

薮崎 なんでもいいっていうのはないですが、市場が下降気味だった前職の経験から、市場は大事だなって思っていて、当時はITか太陽光発電のどちらかだと。

玉乃 結果的にITを選ばれたわけですが、この事業でいけるなって思ったのは、再度起業してからどのくらい経ったあとでしょうか。

薮崎 2年経ってもこの事業でいけるなとは思わなかったですけれどね。はじめはSEO対策を知り合いの社長の所で2週間くらい勉強させてもらって、でもなかなか売れなくて。一生懸命やっているときに、たまたまネット風評被害対策の依頼がお客様からありました。

人前では「運が良かった」って言いますけれど、別に占いもやらないし、大安とかも信じないし、運も信じないですよ。目の前のことで汗をかいた結果そうなっただけであって、結果出るなんてわかっていないですからね、やり始めは。これできたら成功できるなんてことは、何もないじゃないですか。どの世界も一緒ですけれど。どれだけ覚悟できるかが大事。

で、それから今は8年目、10月で丸8年ですね。社員も80人になりました。